成功の定義の危うさ② ~他者承認欲求~

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予備校講師の教育論
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いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。予備校講師ハトです。今回のテーマである「他者承認欲求」…まさに最近のニュースでこれについての極みのようなものがあったと感じています。いずれにせよ、これが強すぎることが不幸のもとになる…それについて本日は自己反省も含めて書いていきたいと思います。

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マズローの欲求五段階説



アブラハム・マズローは人間の欲求を五段階の階層で表現しました。

簡単にこれらについて触れてみます。

1:生理的欲求

生理的欲求とは、人間が生存するために必ず必要なものに対する欲求、ものすごく簡単にいってしまえば「衣食住」です。日本人の多くはこの欲求は満たされており、次の階層の欲求へと向かいます。

2:安全性の欲求

犯罪に巻き込まれない安全、収入の安定といったものを指します。こちらも社会保障が比較的安定している日本では比較的満たされているケースが多いといえます。生活保護などもこの安全性に関係してきます。

3:社会的欲求

この欲求は友人や社会から受け入れられたい、という欲求のことで「愛と所属の欲求」とも言われます。集団で自分の「役割」「居場所」を探す本能といえます。これが満たされないと孤独感や不安を感じたり、悪いときは精神病の原因になります。個人的な話ですが、僕は大学生の時までこの「社会的欲求」が満たされず、それがもとで周囲を省みない行動を取り寧ろ孤立してしまった、という苦い経験があります。

4:承認欲求

さて、ここで今回一番触れたい「承認欲求」が登場します。これは他人から認められたい、という欲求であることは明白ですが、マズローは、これが2種類あると提唱しています。

  • 低いレベル:他人から認められたい、称賛されたいという欲求。地位、名声、権威を得たいという欲求。
  • 高いレベル:自分へ自信を持つ、自立意識、自己尊重感といった、自分で自分を高く評価したい欲求。

あくまで僕の考えですが、SNSが発展している現代ではこの「低いレベル」での承認欲求への渇望が強まっており、それが不幸を生んでいるのだと思います。

5:自己実現の欲求

自己実現欲求とは「自分がこうあるべき」という理想を満たしたいという欲求です。これまでの1~4段階の欲求と本質的に異なっているといわれています。これを満たす、達成するためには1~4段階の欲求、即ち「欠乏欲求」を満たしていないといけないのです。また、自己実現欲求は「存在欲求」と呼ばれます。

6:自己超越欲求

自己実現欲求の先に「自己超越欲求」があるとマズローは晩年に定義しています。満たされた自己は超越し、他人の幸福、世界平和といったものを追求するものであるといわれています。ちなみに自己超越の段階にいたるのは人口の2%にすぎないようです。

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他者承認欲求を捨てることは可能か

さらにマズローの階層欲求について深掘りするのも面白いのですが、今回は「他者承認欲求」についての話ですので、その部分について考えることにします。


マズロー同様、あるいはマズロー以上に有名な心理学者にアドラーがいます。「アドラー心理学」という言葉は多くの人が聞いたことがあると思います。そして、彼の思想を纏めたものとして有名なものが「嫌われる勇気」になります。

大雑把な結論を言ってしまえば「他者承認欲求を捨てるべき」という内容です。マズローの承認欲求の中でも「低いレベル」は人間の不幸せの原因になっている、と主張されているわけです。「他人に認められたい」という欲求に従っていくと「いつの間にか他人の人生」を歩むことになる…自分を捨てて周囲に迎合することの不利益は確かに大きな問題です。劣等感にも繋がりかねないですしね。

とはいえ、承認欲求を捨てることはできるのか…僕個人の意見ですが、それは不可能だと思います。

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本能に抗うことは現実的ではない

「嫌われる勇気」を読んだ多くの人が僕に「承認欲求を捨てた方が幸せになれる」と助言をしてくれます。ですが、それを勧めてくる人も「承認欲求」があるからこその助言ではないか…と心の底では疑問に思っていたのです。

無論、善意からの助言ということは理解しており、納得できる部分も多くある上での話ですが。



確かにあまりに行き過ぎた他者承認欲求は不幸のもとには違いありません。しかし、元からそれがない人ならばいざ知らず、本質的に持ち合わせているものtを0にする…それこそすべてが崩壊するような気がします。それならば「利用する」という発想の方が建設的です。

とはいえ、この承認欲求もどちらかといえば「自己実現欲求」に近い気もします。他人ではなく自分を見つめることがどれだけ大変か…それだからこそ「高いレベル」の話になるのでしょう。

自己承認欲求から自己実現欲求へ

さて、「自己承認」から「自己実現」への道はもしかしたら更に困難な道のりなのかもしれません。何せ、階層が異なるわけですから。



どうやって、自己実現を果たしていくか…僕には「これが正しい!!」と主張はできません。ブログ管理人自体、承認欲求でもがいている人間ですので。ですが、自分なりに感じることは文章にする権利はあるとも思います。次回のブログでは「自己実現」について纏まりのない文章を書いていこうと思います。それではご覧いただきありがとうございました。

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