『成功』の定義の危うさ① ~承認欲求~

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予備校講師の教育論
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いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。予備校講師ハトです。突然ですが、サイモンシネック氏のTEDを視聴したことがある方はいらっしゃるでしょうか。

TED (サイモン シネック 優れたリーダーはどうやって行動を促すか)より

恐らく、僕はまだまだ優秀なリーダーではありません。ですが「失敗」しているかというとそこまでではない…果たして「成功」とは何をもって定義されるのでしょうか。



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増えている『成功者』と『没落者』

2000年前後だったでしょうか、妙に『カリスマ』という言葉が流行った時期がありました。

カリスマ美容師

カリスマホストといった人がやたらめったらと雑誌やTVに持ち上げられていました。当時、僕は小学生くらいで、こういった人達そのものには格好良さを感じていましたが、同時に何か気味の悪い思いをしたことも覚えています。

そして、ネット社会の発展とともに新たな形の時代の寵児が生まれていきました。最近ではYouTuberなどがそれに当たるでしょうか。

手法が増えたことで成功者も増えたわけです。同時に、昨日までの「成功者」が今日では「没落者」になる、ということも珍しくなくなっています。かつての世の中なら埋もれていたスキャンダル、かつての倫理観であれば見逃されていた不祥事…こういった面で足をすくわれている人が目立ちます。悪事は許されませんが、反省と挽回を与える機会があまりにも少ないと感じてしまうのも事実です(勿論、悪事の種類にもよりますが…)。

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『薄っぺらい』成功者

今や「誰でも成功者になり得る」時代になっているのでしょう。やはりYouTube、TikTokといった配信が手軽にできるようになったことが大きいのは間違いないでしょう。



ですが、成功者でもない僕が言うのはおこがましいのかもしれませんが、あまりにも薄っぺらい「自称成功者」が多すぎると思うのです。かなりの知名度がある人を含め、です。

こういった人達に共通することは「自己承認欲求が異常に高い」「金を稼ぐこと=成功と考えている」「有名になること=成功と考えている」と感じます。これはかなり個人的主観も入っていますが…ただ「こういった自称成功者の人たちが不幸に見える」という人は多くいらっしゃるのではないでしょうか。

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当たり前ですが「幸福」と「成功」は別物です

 辞書的な意味を調べてみると

  • 成功:物事をうまく成し遂げて、社会的地位や名声などを得ること。
  • 幸福:満ち足りていること。不平や不満がなく、楽しいこと。

という違いがあります。前者は世間一般での一定の尺度は明確であることに対し、後者には明確な尺度がありません



ところが、ここ最近「成功=幸福」と捉えてしまう人が増加傾向にあるように感じています。実際に多くの学生を見ていると、本来必要であるが面倒である思考プロセスや過程を放棄し、とにかく楽に「結果」のみを追い求めるタイプが目立ってしまっています。

個人的に危惧しているのは、こういったタイプの人間(前述の自称成功者も含む)は永遠に「満たされる」ことがないのでは…ということです。

「自分」が『認められたい』≠「周囲」が『認める』

当初の志、根本はともかく、僕が「薄い」と思う自称成功者(成功者ではないが自分を含む)は承認欲求の呪縛を受けているのでしょう。

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積もり積もった承認欲求のカタマリは確かに不幸を招きます。人間の欲望には際がありません。不幸な「成功者」は永遠に膨らむであろう自己顕示欲に飲み込まれ続けるのかもしれません…



ですが、ここで知っておくべきことがあります。それは、承認欲求も一種類ではないということです。実は、ここまで僕が触れた承認欲求は「他者承認欲求」と呼ばれるものなのです。そして「他者承認欲求」があるならば当然「自己承認欲求」があります。この二つの違いを理解してこそ「成功と幸福」を同居させるエッセンスになり得る、と考えています。ただ、今回は文章が長くなりすぎましたので、そこは次回触れていくことにします。今回もご覧いただきありがとうございました。



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