いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。予備校講師ハトです。今回は教育論というよりも、ふと疑問に思ったことを書き連ねていくことにします。
ズバリ「霊的なものは存在するかしないか」ということです。
ブログをご覧いただいている皆様はいかがですか?
知り合いの予備校講師、塾講師では半々…
予備校講師、特に理系担当の人では「科学的に証明されていない」という理由で霊的な存在を否定する人が多そうなイメージがあると思います。事実、僕もこの職業に就くまではそういったステレオタイプな発想に縛られていた感がありました。
ところが、案外にそうでもなく、中には所謂「見える」人もいるのです。実際、とある教室で複数の先生が同じ幽霊(?)を見かけた…なんて話も聞いたことがあります。
ちなみに僕は「見える」タイプではありませんが、金縛りにあったことはあり、その時に白い手のようなものが見えた…なんてことはあります。ただ、金縛りは科学的には「睡眠麻痺」といってレム睡眠中に脳が急に目覚めることで起きる、と証明されているようです。果たして僕の経験した金縛りは科学的なものなのか、はたまた霊的なものなのか…それはもはや謎なのですが。
死後の世界が存在するのか
実は割と普段からこれについてどうなのか考えることが多かったりします。理由はシンプルに「死んだあと自分が全て無になるのか」どうか気になる、もっと言えば正直死ぬことが怖いからです。これについては、古来から考えてきた人が多いからこそ、多種多様な宗教が生まれているのだと思います。そういう意味では、もし死後の世界があったとしても、それは私たちが想像しているような世界とは違うのではないか…と個人的には考えていたりします。
ちなみに個人的には「こういう死後の世界ならいいなあ」と思うものがありまして…
漫画「鬼灯の冷徹」のような世界観に憧れていたりします。それだと僕は死後に地獄落ちということになるのですが(笑)
他方、死後の世界を否定している著名人にホーキング博士がいます。彼は人間の脳について「部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見なしている。」としており「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人の架空のおとぎ話だ。」と発言しています。科学的に考えるとこれも正しいように感じます。
「禁足地」と呼ばれる場所も存在します
所謂「見える人」に対して、まだ科学的にそれが100%正しいのか、あるいは100%誤りなのかは証明されていません。これは「祟り」「霊的」「神的」といわれる現象についても同様です。特に「禁足地」と呼ばれる場所では未だにこういった現象が起きるとも言われているようです。日本の有名な禁足地には「オソロシドコロ」「八幡の藪知らず」「入らずの森」などがあります。
こういった場所で起きるといわれる不可解な現象、あるいは起きたといわれる祟り…それは危険地域に足を踏み入れないように作られた説話かもしれませんし、本当に解明されていない「何か」によるものかもしれません。理系担当の僕ではありますが、科学的に説明できない事象があるとしたらそこにロマンを感じるのも事実です。実際にこういった場所を取材、考察された方もいらっしゃるようです。
とはいえ、我々素人が興味本位で立ち入ることはナンセンスです。様々な謎を知りたい気持ちは分かりますが、本当に危険な目にあったら大変です。もっといえば、興味本位だけではそこに払うべき敬意がありませんからね。
「科学的」「非科学的」という組分けだけでは不足なのかもしれません
さて、過去から現在に至るまで、世の中で起きる「超常現象」と呼ばれる現象について様々な論議がなされてきました。
しかしながら、それはシンプルに「証明可能」「証明不可能」という区別をしているだけにすぎない一面もあります。そして、その材料に使われているのが「科学」というものの捉え方です。
ですが、もしかしたら全く違ったものの捉え方…それは「科学的」な考え方を進歩させたものかもしれませんし、これまでにはなかった異次元の理論かも分かりませんが、いつの日か生まれるそういったものがまた新たな発見に繋がっていくのだと思います。「科学的」「非科学的」という枠に囚われることのない視点がこれからの世の中を作っていくのかもしれません。
さて、今回も纏まりのない記事になってしまいました。いつになったらちゃんとした記事を書けるのだろう…と反省しつつ締めたいと思います。今回もご覧いただきありがとうございました。
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