こんなにも惨めな3年間はなかった

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予備校講師の教育論
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色々と自分の気持ちに向き合う日が続いていたこともあり投稿の間隔が空いてしまいました。この文章は竹葉の勢いをお借りしなければ到底書くことはできない…。普段は家でグラスを傾ける趣味はないのですが…ただでさえ纏まりのない文章が更に纏まらなくなることにはご容赦をいただきたいと思います。

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今年の受験生の結果は過去最高と言っていいものでした

2024年度の国公立大学の入試も先日結果が出揃いました。僕が現在の校舎に責任者として着任して3年になります。つまりは今回の受験生は僕が着任当初から面倒を見ていた生徒達です。それだけに彼らに対する思いは過去最高に強いものでした。未熟な自分を信じてくれ、そうでなくとも他の優秀な先生方に導かれ、そして何といっても彼ら自身の努力が多くの喜びという花を咲かせてくれました

国公立大学の医歯薬系、難関国公立、G-MARCH…そうでなくとも自身の希望を叶えた生徒は輝いていました。例え不合格でも、第一志望でなくとも…努力をした姿を間近で見ることができました。

ただ、僕は彼らに、そして昨年度、一昨年度に卒塾していた生徒に真摯に向き合えていたとは言い難いのです。

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自分自身に勝手に枷を付けた

今から3年前の現校舎着任時はまさに地獄からのスタートでした。

何せ、着任した当日に数十名が一気に退塾申込ですからね。所謂「引き抜き」というやつです。心のどこかで妙だとは思っていました。何せ全く関わりのない校舎の責任者に若輩者、それもまだ別の予備校から転職してきて間もない自分を据え置いたわけですから。今思うと、全てが計画的だったのでしょう。

「ああ、あの人たちは『こいつなら潰せる』と思って俺を祭り上げたのだな…」

これほど簡単な方程式もそう無いような気がします。

  • 校舎を一から再生する
  • 彼らよりも実績を残して見せる

これをどうにか叶えてやると…それだけは絶対にいつの日か達成してやると…今振り返ると愚かですよね。そんな個人の思いよりも目の前にいる、そしてこれから出会うであろう生徒に向き合うべきだったのですから…ですが、当時も、そして何なら今も僕は『自らの名誉』にしか目が向いていなかった…

これは『枷』だと…人生に向き合ってこず逃げてばかりであった自分に対する『枷』なのだと…何とも滑稽な自己完結しか出来ていなかったのです。

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個人的な本懐

話が飛ぶようですが、塾や予備校の本懐とは何か…当然「成績を上げる」「受験に合格させる」ことなのでしょうが、兎に角『サポーター』としての役割を忘れてはいけないと感じています。過去にもこういった考えの投稿はしています。

改めて、予備校講師は「サポーター」であるべきと感じる瞬間 – 予備校講師tomoの教育論と気ままな日常 (hatojyukublog.com)

「~先生のおかげで合格しました」という言葉に喜びを感じることは否定しませんが、そこでご満悦に浸るのみではいけません。合格したのはあくまでその生徒自身の力である…それが予備校講師になってから貫いてきた本懐でした。ですから、合格体験記にもHPにも「僕個人のおかげで」という文は一切載せてません。その他の先生のおかげならともかく、僕自身には生徒の実力を劇的に変えるほどの実力もあるとは思えないですし。

家庭学習研究社って、どんな学習塾?» ブログアーカイブ人生の目標について考える | 家庭学習研究社って、どんな学習塾? (kgk-net.com)

引用:家庭学習研究社ってどんな学習塾?

同じような考えを書かれていたので引用させていただきました。

更に、上記引用リンクの文章に深く考えさせられる一文がありました。

~また、合格にも、よい合格と、望ましくない合格とがあります。目先の合格のために、たくさんの大切にすべき他の要素がないがしろにされたなら、たちまち子どもたちは次の人生のステップで苦しむことになるでしょう。もしも、学習塾の先生がそんな受験にしてしまったなら、仕事に誇りをもてないのではないでしょうか~

目先の合格…それは「偏差値レベルを落とさせる」こともそうですが「生徒の本意とは異なる難関大学を受けさせる」ことも入ってくるのではないでしょうか。僕自身「この子ならもっとレベルの高い大学を受けさせた方がいいかも」と考えて志望校の変更を勧めていた時期がありました。ですが、本人が理由があってその大学を明確に志望しているのであれば僕の行動は余計なお世話でしかない…最近になって漸くそこに気付いたわけです。

『生徒がやりたいことを一緒に探し、そこに向かうまでの道のりをサポートする』

当たり前のようですが、これが予備校講師としての自分の本懐といえるのかもしれません。

本質からどんどん外れていった自分

話をもとに戻します。引き抜きをされてからの僕は教室の雰囲気を一から作り直すことに奔走しました。それまでの校舎はカリスマ講師(あくまで見せかけなのでしょうが)が独裁的に生徒を引っ張るといったものでした。

対して僕は中国史が好きだった影響なのか「リーダーというものは周囲の意見を取り入れ、それで全員で動いていく」という信念が昔からありました。

これに関しては間違ってはいなかったとも思っています。校舎の雰囲気は明るくなりましたし、生徒が学習相談以外にも日常の些細な話をしてくれるようになりました。笑いが絶えない空気感でありながら成績もしっかりと伸ばすことができる…これは「敵」にはできることではないという確信もありました。

しかしながら、それで辞めた生徒が戻ってくるわけでもないですし、どうしても同僚からの目は痛いものがありました。彼らの殆どは「貴方のせいではない」と言ってくれましたが、現実は自分のせいです。惨めにもほどがある…僕の中には強烈な劣等感、それと相反する感情が混在していました。誰も信用はできない、けれども校舎を良くするために同僚を信頼する必要がある…残ってくれた、新しく入ってくれた生徒に対する感謝の気持ち、いつ彼らが自分に失望して辞めていくのだろうという猜疑心…恐らく僕のメンタルは壊れていたのだと思います。只々『絶対に見返してやる』という気持ちだけで何とか仕事をしていました。

再度同じことを書きますが、そんな個人の思いよりも目の前にいる、そしてこれから出会うであろう生徒に向き合うべきだったと今なら分かります。

突然訪ねてきてくれた教え子への感謝と申し訳なさ…

今年度の受験生は「僕が着任した際の新高1生」であると同時に「引き抜き騒ぎの際の新高1生」でした。だからこそ『彼らにより良い実績を出させる』という気持ちは最初から強いものでした。一昨年度、昨年度の生徒に向き合わなかったわけではありません。ですが、それ以上に「自分たちを選んでくれた恩に報いる」「自分が感じた憎しみを正当な形で返す」ことが自分の最優先事項となっていました。冷静になってみると、大人の醜い争いに生徒を巻き込んだ時点で僕も同じ穴の狢です。そんなことをせず真摯に目の前の生徒一人ひとりに向き合っていれば今このように後悔することはなかったのかもしれません。

それでも次第に、本当に少しずつですがそういった復讐心よりも「一人ひとりに合った」指導ができるようになってきたのが2023年の春頃からでした。喫煙習慣を辞めたのも、体を鍛え始めたのも、数年来付き纏われ、何を言っても別れてくれることのなかった人間との関係にケリをつけたのもこの時期です。色々なことを変化させた一年でしたが「生徒が頑張っているのに自分がだらしないことは許されない」という気持ちからだったのかもしれません。少しずつ自分本来の姿を取り戻す…そんな感覚もありました。

そうやってやっと「生徒一人ひとりの声に耳を傾ける」ことが少しだけですができるようになったと思います。そして、この3年間では最高といえる受験結果を彼らは出してくれました。勿論、これは僕の実力でも何でもなく彼ら自身が頑張ったからです。それでも、この苦しかった3年間が少しは報われた気持ちにはなりました。

さて、先日のことです。新たに入塾してくる新高1生向けの説明会を行うことになり、そこにゲストとして大学合格した今年度の生徒を数名呼びました。数時間後に行われる説明会の打合せと雑談で盛り上がっていたのですが、ふと職員室前に誰かがいることに気付きました。最初は「自習に来た中学生かな?」と思って声を掛けたのですが「お久しぶりです」との返答。そこで漸く、その子が昨年度の卒塾生であることに気付き、思わず大声を上げてしまいました。

今年度の卒塾生たちにもその子の紹介をして雑談へ。1年振りに顔を見てみると『随分大人になったな』という印象。充実した学生生活が送れているようで何より…と喜びを感じました。同時に、強烈な後悔、申し訳なさをも感じてもいました。この子は実技系の大学へ進学しているのですが、残念ながら第一志望は不合格だったのです。会話の中で「実技科目の点数は良かった」という内容を伝えられ「自分がもう少しきちんと指導できていれば違ったのだろうか…」とまずそこで申し訳なさを感じました。そして、ふと先ほどまで一緒に盛り上がっていた今年度の卒塾生に目を向け「俺は、一昨年度、昨年度の生徒達に今年度の生徒達ほどの情熱を注げていたのか?」とも…

その時です。初めて自分が『本当の意味』で生徒に向き合えていなかったと気付いたのは。一昨年度の生徒も、昨年度の生徒も、そして今年度の生徒も僕の個人的な復讐心に巻き込んでしまった…正直なところ、たとえ復讐心だとしても受験結果など生徒のためになれば良いと思っていたのも事実です。ですが、それは物凄く歪な考え方です。そんな人間が責任者である校舎が良い方向に向かうはずがなかった…勝負に挑んだ時点で僕は負けていたのです。

そんな中で近況報告をしに来てくれた元教え子…わざわざ他県から訪ねてきてくれたのですから、ある程度は塾を好きでいてくれたのでしょう。少しだけかもしれませんが僕のことを慕っていてくれたのかもしれません。そう考えると余計に『もっと真摯な指導をしてあげていれば…』という後悔と申し訳なさが凄く…でも今更後悔しても遅く…自分の人生を振り返ると何回も過去に戻ってやり直したいことがあるのですが、これほどタイムマシンを望んだことはありません。

予備校講師を続けるべきか否か

この数週間ずっと考えています。自分はこのまま予備校講師として生きるべきか否か…結局、この3年間で何一つ校舎のため、生徒のためになる行動はできなかった…僕が校舎にいる限り生徒に悪影響を与えてしまうのではないか。

この数週間自分なりに真摯に授業を行ってみましたが「自分などに教わるのがこの子達にとって不幸なのでは…」とどこかで考えてしまいます。ただ、ここで授業を投げ出すのもおかしい…数週間悩みに悩んでいますが自分でも最適解が見つからないです。それでも、また新たな生徒との出会いがあり、新たな受験が始まっていきます。だからこそ、このような中途半端な思いで仕事はしたくない…続けるのか続けないのか…時間をかけて結論を出していきます。いずれにせよ、この3年間で邂逅したすべての生徒達の未来が輝くものであってほしい…心から願っています。

それでは今回もご覧いただきありがとうございました。

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